フラワーエッセンスの植物研究ノート

フラワーエッセンスのもとになる花たちの観察記録・思ったこと

映画からみる子供のアーキタイプ「悪魔の子供」

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アーキタイプではないけど、子供には残虐性というものがあり、善悪の区別がつかないためにそうしてしまっている場合と自我が弱い上にそうなっている場合などいろいろですが、人間の中に潜むダークな部分というのはけっこう早い段階で芽生えるもののようです。 それは集団生活の中から生まれてくる傾向があるようにも思います。 自分が集団の中で生き残るため、力関係に応じて誰かを攻撃したり、いじめたりということがおこるのです。 それをこの「蝿の王」という作品にはみごとに表現されているような気がします。 原作は読んでないけど、なんかこわい話だったように思います。 十五少年漂流記のような話だけど、なんか悪魔のような子供がいて、リーダーだった少年はその彼によってリーダーじゃなくなってしまうというストーリー。 悪魔の子供の究極はもしかしたら「オーメン」のダミアン少年かもしれません。 天使のような子供でも悪魔のような部分をもっていることがあります。 影にのっとられているようです。 三島由紀夫原作の「午後の曳航」に出てくる少年(けっこう衝撃的な映画だったので、その後原作本を買いました)や「子供たちの城」やなんかヨーロッパの映画にときどき出てきます。 コクトーの「恐るべき子供たち」って作品もあったな。 これも望都さんが漫画化しています。 子供の中にある善の部分や光の部分が強ければ強いほど、影というのは出てきやすいのかもしれません。 だからこそ、おとぎ話などに残酷な面があり、それを体験する必要があるのです。 抑えれば抑えるほど、暴力性は内側で大きくなることもあります。 子供はとくに親からの愛が得られない場合、見捨てられたと思うと同時に怒りを持つことがあります。 たとえば代わりにそれは弟や妹に向けられることもあります。(母親を取られたと思い) 本来は神聖で汚れのない愛であるはずが、ゆがめられてしまうのです。 そうした子供たちによく「チコリ」や「ホリー」を使用します。 親からの愛を取り戻すために悪いことをして注目してもらおうとしたり、親が関心をもっている対象へ怒りや妬みを感じたりする子供たちです。 チコリもホリーも本来は神聖な愛情を表現する花です。 ただ、どうしても他者からの愛情を得られず、感じ取ることもできないまま育った子供の中にはその残虐性をひめたまま大人になってしまうこともあります。 よく凶悪犯として世間に知られる事件の犯人は生い立ちがたいてい不幸なことが多いようです。 また、暴力性を秘めたまま、他者を暴行したりする大人になる場合もあります。 暴力性は惑星でいうと火星や冥王星の力が強く働いています。 「悪魔の子供」は「傷ついた子供」や「孤児」から強く悪の部分へとひきつけられていった子供たちにあてはまります。 冥王星は絶対にコントロールできない破壊的な力を持っています。 自分の力ではどうすることも出来ないまま悪にそまってしまうのでしょう。 「スターウォーズ」のアナキン少年は子供の頃から強いフォースを持っていて、それを正しい方向に使うとすごいのに、悪の世界にのっとられてしまいます。 もともと強い衝動性(火星)を持っていて、コントロールできない怒り(冥王星)に支配されてしまったせいです。 冥王星の領域までいくと、花のアーキタイプも変わってきます。 毒をもつような強い花などあてはまるかもしれません。 光と影というテーマでいうとブラックコホーシュも関係するでしょう。 善と悪ということを子供に理解してもらうには、子供を育てる側の大人たちがまず、善と悪について正しい行動をすることが大切です。 そうなると大人である私たちが自分の中の影という領域について考える機会をもつ必要もあるということになりますね。 にほんブログ村 健康ブログ フラワーエッセンスへ
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