フラワーエッセンスの植物研究ノート

自然や植物とのつながり、フラワーエッセンスのことなど

植物と人の関わり方(万葉とバリ島)

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10/13に奈良でフラワーエッセンス療法学会主催のイベントで万葉植物を観察するため、万葉植物についての下調べをしています。

 

 

そこでいろいろ驚くことがありました。

 

万葉集には植物を詠んだ歌がかなりたくさんあるのにもかかわらず、花そのものを愛でるような歌が非常に少ないということです。

 

しかし、その背後にはどれだけこの時代の人々が生活をしていくうえで植物を使うことがかかせないものだったか、どれだけ植物を活用していたかということが浮かび上がってきます。

 

 

先月、私はバリ島へ行ってきました。

そこでは植物が日常の中にとけこんでいました。

車で走っていると、日本や欧米のように家のまわりに花で飾ったり、ガーデニングっぽいお庭づくりをしているところはほとんどなさそうです。その代わり作っているというよりも適当に生えている植物や花はからみあいながら、そこにある感じ。そしてどの家もプルメリアの木があります。

 

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バリ島はヒンズー教で日々、お供えものに花が加えられ、お祈りするときにその花を使います。

たいていはプルメリアの花を使っていました。毎日欠かさずプルメリアの花を使っているということになります。花を指ではさんで、お香の煙にくいくいっとくぐらせて、指先にはさんで、祈ります。

そしてその花はさっと自分の髪に挿すのです。このしぐさを当たり前のようにみなおこなうのです。

 

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儀式やお祭りのときは竹で編んだお飾りを作ります。お供えやお飾りはどれも自然の植物を使います。

儀式に参加したときに、葉っぱが足りなかったのか、女性がそのへんに生えている葉っぱをいくつかちぎって、追加しているのを目にしました。そのくらい当たり前に利用しているのでしょうか。

 

ここでは年中花が咲き、実のなる木はいたるところにあり、自然が身近にあることが当たり前です。

バリ島の暦の中で植物の神様に感謝する日というのがあるそうです。

年に何回あるのかわかりませんが、その日は植物にお供えをして、感謝をささげるそう。

 

 

植物に対して、感謝の念があるのは日常の中でなくてはならない生活をしているからです。

そんな意味では今の日本は植物がなくても暮らしていける(機能的には)かもしれません。

 

 

万葉集には食物だけでなく、衣服、染色、日常に使う道具、薬、装飾具などほぼ自分たちで植物から作って使っていました。もともとは植物が原料のものはたくさんあるにしても、採取から作る過程まで使う人がおこなうことがないとなると直接的に感謝の念はわきづらいかもしれませんね。

 

 

植物は適切に使われ、役に立ち、さらに感謝されることでより生命力が増したのではないでしょうか。

 

人でも誰かの役に立ち、感謝されることで存在価値が高まります。

 

 

花を愛でるというのは桜や梅のようにあでやかなものは気持ちが高ぶったかと思いますが、自然というものが当たり前にありすぎて、わざわざ愛でるということが意外と万葉の時代には少なかったのかもしれません。

 

植物は使われることが普通だった時代、しかし本来他の生命のために適切に使われ、その役割を果たすことで、お互いに生かしあっていたともいえます。

 

今よりも自然に対して感謝していたであろう日本人。

 

今は逆に自然を破壊、汚染しつつありますが。

 

 

「かづら」って何だろうと調べていたら、頭にかぶるカツラはここからきているようです。

昔の人は植物の枝を頭に飾って普通に歩いていたんですね!スイカズラとかもそのひとつ。

柳は特に好まれて、柳かづらの歌が万葉集にたくさんあるのです。

柳の枝を頭に巻いて歩いてた?面白すぎです。

 

 

そういう植物の活用っぷりが万葉集には満載というわけです。